NOVEL

revisions リヴィジョンズ

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『revisions リヴィジョンズ SEQ』
渋谷帰還後、TVアニメ12話エピローグで再会を果たす前日、
大介たちは、なにを想い、どう過ごしていたのか――?
ノベライズ著者・茗荷屋甚六が書き下ろす公式後日談(sequel)!

『revisions リヴィジョンズ SEQ』第2回(全7回) 著:木村航

    02 ルウ

 ──2017/10/08(Sun.)/21:38
 東京都港区・シュタイナー氏宅・ルウ自室

「なにこいつ! 腹立つ!」
 飛び起きてベッドの上であぐらをかく。と、パジャマ代わりにしているオーバーサイズのシャツの袖がずり落ちてスマホの画面を隠した。ルウは両袖を肘の上までまくり上げ、挑みかかるような勢いでメッセージを打ち込んだ。
『あんたまで炎上クイーン扱い?』
『そんなこと書いてないだろ』
『いいよね~そっちは公権力の護衛がついてて。その分こっちは私と兄さんがどんなに大変だったか』
 皮肉を込めたつもりだったが、大介は気づかなかったのかスルーしたのか。
『そうみたいだな。ルウが戦ってるところは動画で見た』
『あれは正当防衛だからね!』
『わかってる』大介は大真面目に答えて『けど正直、カメラマンに同情した。ルウのグーの威力は知ってるから』
「あの時はあんたが悪かったんでしょ!?」
 思わず叫んで、ハッとして口を押さえた。家族に聞き咎められたら困る。この家は互いのプライバシーが筒抜けになるほど狭くはないし、両親も表向き平静を保っているが、わずかな環境の変化にも過敏に反応することが多くなっていた。これ以上心配はかけたくない。それに何より兄のことが気がかりだった。  兄は今もタイムラインを見ているはずだが反応はない。おそらくはルウと同様、自室にいるだろう。壁一枚隔てた隣室だが気配はうかがい知れない。
 帰還以来、兄の外出は聞き取り調査に応じる際に限られていた。ただ部屋に引きこもっているわけではなく、二階南側のサンルームで黙々と基礎的なトレーニングに励む姿は見られた。その部屋はふたりの自室の目の前で、たっぷりとスペースを取ってあったから、幼い頃からふたりのよい遊び場だった。今はブラインドを閉め切られており開放感はない。真昼でも薄暗いままのその空間でひとり汗を流す兄の姿は、ルウにとっては近寄りがたく映った。
 それでも兄は、たまにはルウとの散手につきあってくれることもある。でもそんな時でも会話は弾まなかった。話しかければ答えてくれるし冗談も言う。なのにルウのほうが身構えてしまい、聞きたいことを切り出せずに終わってしまう。
 今、兄はどんな気持ちでルウたちのやり取りを追っているのか──
 と、タイムラインに変化があった。
 マリマリのお気に入りのキャラが焦ったようすで「まあまあ……」と笑っている。
 それに応じるように大介も書き込んだ。
『言い過ぎたなら謝る。ごめん』
「……なにそれ」
 気が抜けた。スマホを持って後ろへ倒れる。大きな枕にボフッと抱き止められた格好で、素早くメッセージを打ち込む。
『別にいいけど。本気で怒ってないし』
 強がって書き込んだらむしょうに恥ずかしくなり、なおさら腹が立った。これではどっちが子どもっぽいかわからない。
(ま、いっか。ケンカになんなかったんだし)
 兄の気持ちはルウには想像もつかない。だが少なくともとげとげしい言葉の応酬を望みはしないだろう。彼女自身にとってもそれは同じだ。
(けど、やっぱ言われっぱなしは許せない)
 起き上がり、前のめりの姿勢になって勢いよく打ち込む。
『断言するけど、大介だって私と同じ立場なら絶対に大炎上してるからね』
『まだ囲まれてるのか?』
『さすがに最近は家の前からはいなくなった。通行の邪魔だからって規制されたし。けど、どこからカメラが狙ってるかわかんないから、窓のカーテンは夏中ずーっと閉めきってた』
 マリマリが「えぇ~」と青ざめたキャラのスタンプをアップした。
『ひどすぎるね……』
『確かに俺だって切れてるな』
『でしょ? あいつら本当に腹立つ。もうカメラもマイクも見たくない』
 ルウの受難は自宅へ戻った時から始まった。
 渋谷帰還後、SDSメンバーは他の時空災害被災者とは別に六本木の在日米軍基地に送られ、半月余りに渡る集中的なメディカルチェックと聞き取り調査を受けた。調査に当たったのは国連の特別チームで、五・一七渋谷消滅(と二〇一七年では呼ばれていた)の調査に携わっていたメンバーらしい。初期調査の終了後は、転送区域内に住所がある者を除いて全員に帰宅が許され。ルウも兄と共に港区の自宅へ送り届けられた。
 この時点できな臭さは感じたのだ。なにしろ用意されたのは黒塗りの警察車輌で、警護の私服警官まで同乗していた。気分はまさに「護送」である。ものものし過ぎる成りゆきに不安が募った。
 悪い予感は当たった。自宅周辺はメディアに埋め尽くされていた。カメラとマイクとがつがつした好奇の眼が一斉に押し寄せてきて車窓に群がる光景を、ルウは二度と忘れられないだろう。シビリアンとの戦いとはまた別種の悪夢。しかもそれは帰還後三ヶ月を経た現在も続いており、いつ果てるとも知れないのだ。
 帰宅後も当局からの「聞き取り調査」要請は続き、毎日のように護送車がやって来た。乗り降りする度に押し寄せるメディア関係者にもみくちゃにされ、あることないこと根掘り葉掘り聞かれるばかりか妄想混じりの汚い言葉を投げかけられるのも珍しくない。それでもルウは精いっぱい耐えようとはしたのだ。が、引き留めようとした強引なやつに肩をつかまれた途端、理性より先に師匠仕込みの拳法が牙を剥いていた。帰宅からわずか三日目のことだった。正当防衛だ。何ら恥じるところはない。少なくとも彼女はそう信じている。が、大立ち回りの有様は暴挙として繰り返し報じられ、ヒーロー視されていたSDSのイメージをかなり落としたのは否めない。ルウ自身にとっても痛手は大きく、世間様は敵に回ったし、取材攻勢に対しても火に油を注ぐ結果になった。
 以来、ルウも兄と同様ほとんど家の中にこもって暮らしている。当局の調査に応じる他は、ひたすら武術の鍛錬に励む毎日だ。退屈はしない。有段者の母がみっちりとつきあってくれるのが慰めになったし、時には兄とも手合わせできるのが嬉しかった。
(もっとも気晴らしはそれくらいしかないんだけど)
 溜息をついてルウは書き込んだ。
『取り調べも腹立つよね』
『聞き取り調査』大介が訂正してよこした。むかつく。
『ひどいと思わない? おんなじことばっかり何度も何度も細かく聞いて、こことここは矛盾しませんかとか、不自然ですねとか、なんなのあいつら。探偵気取り? 私たちって容疑者? 大ボラ吹き扱い?』
『信じられないのも無理ないよ』取りなすようにマリマリが書き込んだ。『実際に体験した私たちだって、なかなか受け入れられなかったし……』
『マリマリの意見はわかるけど』
 しかし、それだけではない。嫌な感触がある。有り体に言えば偏見だ。聞き取り調査に立ち会う日本人たちの言動の端々に、いわれなき非難と蔑視を感じる。幼い頃から晒されてきたゼノフォビアめいた扱いには慣れっこだし耐性もある。あしらい方も戦い方も知っているつもりだ。しかしそうした反応と今度のことは似て非なるものに感じられてならなかった。
 母の国籍も父と同様ドイツにあるが、中国系のルーツで、今も同国籍のパスポートを持っている。しかしルウと兄の出生地は日本であり、国籍もこの国で取った。そもそも両親がこの家を建てたのも、もともと親日家だった父の駐日ドイツ大使館への奉職がきっかけで、永住を視野に入れてのことだったのだ。しかしそうした個人的な動機やいきさつは、ルウと兄の際立った外見に伴って否応なしにつきまとう日本社会での違和感を相殺してはくれない。
 これまでも、ふたりの周りにいたのは同胞として接してくれる者ばかりではなかった。おおむね一目置いて遇する態度として表れてはいるが、とりもなおさずお客様扱いであり壁があった。その壁を崩し、同じ場所で生きる者として受け入れられるには、不断の努力とたゆまぬ関係作りが必須となる。この国で生まれ育ったふたりだが、今なお立ち位置は「外」にあり、免疫反応めいた排除の論理は常に感じさせられた。今度の事件をきっかけに、そうした態度がよりはっきりと現れたのは事実だろう。しかしそれとは別に、国際関係上のごたごたがルウへの対応にも影を落としていると思えてならない。  中国は、今回の「渋谷消滅」事件発生当初から「日本による何らかの兵器実験失敗」原因説を唱え、全面的な情報公開を強行に求めていた。この動きに対し、国際社会も未曾有の現象に対する危機感から同調し、国連調査団の派遣が速やかに決定された。国際協力体制は渋谷の帰還後も継続中で、時空災害被災者からの聞き取り調査は国連調査団主体で行われている。しかしそのことに、アメリカ首脳および日本国内の一部からは重大機密情報の漏洩に当たり国益を損なうものだとの批判が根強く、国際間の緊張が高まっていた。
 かような情勢下、ルウと兄はまことに微妙な立場にあった。ふたりはSDSメンバーとして事件の中核にあり、その顛末をつぶさに知っている。しかも中国とドイツ(すなわちEUの主要国)に浅からぬ繋がりがある。となれば、つまり──
(売国奴のスパイ扱いされてもしょうがないってこと?)
 馬鹿げている。
 しかし当局側は、国際社会は、そして世間様は、そうは考えない。
 またひとつ溜息をついて、ルウは書き込んだ。
『知ってる限りのことは包み隠さず話した。これ以上どうしろって言うんだろ』
『堂々としてればいい』大介が書き込んだ。
『あんたはいいよね。打たれ強くて』
『ルウがそれ言うか? メンタル最強じゃないのか?』
『あーもうやだ。どっか逃げたい』
『まさかって思うけど……』
 マリマリがためらいがちに間を置いて書き込んだ。
『外国へ行っちゃったりしないよね?』
 答えにくい質問だった。

(続く)


こちらの『revisions リヴィジョンズ SEQ』は、
メールマガジン「revimaga リヴィマガ」にて連載されていた書き下ろし小説となります。